2009年12月13日

古河〜間々田

今日は久しぶりに「おくのほそ道」の行程を歩いた。
古河から栃木県南部の間々田まで。
普通に考えたらもう少し足を伸ばして小山まで歩くところだろう。
だが、芭蕉は「おくのほそ道」をいく中で、間々田の宿に泊まったと記録にある。
そこで今日の終わりは間々田までにした。

短い距離ということもあり、まだ大丈夫だろうと思っているうちに出遅れたことに気づいた。
古河駅に着いたのが午後4時、こりゃ遅い。
日光街道に出て、「おくのほそ道」の旅を再開する。

今日はひたすら日光街道を歩くのみ、道に迷う心配がない。
古河市の北に位置する郊外型商業施設を右に見ているうちに茨城県から栃木県へ、旧国名で言えば下総の国から下野の国に入る。
もう少し感慨が沸くかと思ったが、特に道沿いに表示があるわけでもなく、感動のない下野の国入りであった。

野木町に入るとすっかり日がくれてしまった。
名古屋対岐阜の試合結果はどうなったかと唐突に思った。
(野木町)役場入口の交差点を過ぎると法音寺というお寺がある。
ここが今日唯一の撮影スポット、芭蕉の句碑があるのだ。
といっても、「おくのほそ道」とは関係がなく、「野ざらし紀行」で読まれた句らしい。
SANY0123.JPG暗くてよくわからないかもしれない。
明るいうちに来るんだったと後悔しても、後の祭り。

法音寺を過ぎるとほどなく小山市に入る。
住所は小山市乙女、いちごの『とちおとめ』と何か関係があるのだろうか。
急にビニールハウスが目に付くようになったのは気のせいか。

ほどなく(間々田)駅入口の交差点、今日の行程はここまでにする。
今日は出遅れたことが悔やまれる。
次の行程は結構長いものになる予定。
今日のような考えのままだと、先が思いやられる。

野木町を歩いていたときに浮かんだ句
 5時過ぎて瑞穂の岐阜が気にかかる

今日もなんとか地名を織り込むことができた。
ラベル:おくのほそ道
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