2010年08月11日

壬生〜鹿沼

今日から三日間、夏休みをとった。
土日を入れれば五連休、まずはひさしぶりの「おくのほそ道御徒紀行」といく。

前回は雪が舞う中、栃木県の壬生まで歩いた。
今回は真夏に、その壬生から再開する。
夏休みとはいえ、平日にこんなことができるなんていいご身分だな。

東武壬生駅に着いたのはほぼ正午。
駅入口の交差点まで歩き、御徒紀行は再スタートを切った。
今回の行程は、ひたすら壬生通(日光西街道)を歩くことになる。
ガイドブックを見ても簡単な記述で、今回は体力勝負になるなと思った。

北関東自動車道をくぐると、すぐに上稲葉の交差点。
このあたりに源義経に仕えた金売り吉次の墓があるという。
芭蕉は義経のファンだったので、この墓も見ただろうといわれている。
探したら確かにあった。
だが説明がなければ見過ごすこと間違いなしの小さなものだった。
SANY0152.JPG


歩き続ける。
行政区は壬生町から鹿沼市へ。
すると歩道がなくなってしまうではないか。
歩く人間にとっては怖い。
鹿沼市に悪いイメージを持ってしまった。

歩道が復活して人心地がつく。
しかし行程は単調、幸い曇っているものの暑いことに変わりはない。

東北自動車道の下をくぐるとすぐに追分の交差点。
ここからは日光例幣使街道という名前になるようだ。

ここらあたりで、後ろから来た自転車を運転する小学生に挨拶される。
おお、いきなり鹿沼市の好感度がアップ。
疲れた体にはこんなことでもうれしい、さらにいうと書くことが生まれたといううれしさでもあった。

鹿沼市の中心地に近づいてきた。
東武の新鹿沼駅前に到着。
ここで止めても良かったのだが、芭蕉が泊まったといわれる光太寺まで歩くことにした。
それだけ今回はネタが少ないのだ。

光太寺には芭蕉ゆかりという笠塚があった。
SANY0154.JPG


この笠塚へは階段を上っていった。
20キロ近く歩いてこの階段上りはきつかった。
それでもこの暑い中、歩きを終えると満足感が広がった。
日光まではあと少し、いっぽいっぽ踏みしめて近づきたい。

続ければ 空かぬ間もなく 日光へ

今回はかなり苦しい。
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