2011年01月09日

鹿沼〜文挟〜今市

高校サッカー選手権の間の日曜日、久しぶりのおくのほそ道御徒紀行を行った。
前回は夏休みの時期に行っている。
今回は1月、なかなか進まない。
昨年の12月29日にも書いたが、これではいつまでたっても終わりそうにないので、とりあえず日光までは行くけれども、その先は電車とバスと徒歩を使って旅を続けたい。

今回の予定は鹿沼から今市まで。
20キロをやや越える行程だが、その間にここは抑えたいというポイントは一つだけだと思っていた。
それは日光杉並木街道の杉並木。
先日杉並区のムックを取り上げたのには他意はなく、偶然に過ぎない。

まずは鹿沼からリスタート。
歩き始めてすぐ、いきなり驚いた。
わたしの苗字と同じインテリアショップがあったのだ。
外から店内を覘くと、店長さんと思しき方と目が合ってしまった。
逃げるように去っていく。

気持ちが落ち着いたところで今回の行程を確認する。
確認するといってもたいして難しいことではない。
ひたすら日光例弊使街道を進めばいい。

行政区域が鹿沼市から日光市に変わったところで、うっそうとした杉並木が待ち構えていた。
ここから、途中途切れることはあったが、基本的にはひたすら杉並木の中を歩き続けることになる。
DSC00026.JPG

杉並木街道はこんな感じ


文挟の宿、あるいはJR日光線文挟駅があったはずだが、意識せずに歩き続ける。

この杉並木、歴史を感じさせるのはいいのだが、歩道がないのがつらいところ。
車道を歩くわけにもいかず、並木の外側の道なき道を歩く羽目になる。
こんなに長く舗装されていないところを歩くのは久しぶりだ。
トラックでもロードでもなくクロスカントリーをしている気分で歩き続ける。

歩き続けて3時間ほどたっただろうか、東武日光線をまたいだあたりで、足の裏が悲鳴をあげだした。
どうやらまめが出来たらしい。
普段歩きそうもない枯れ枝の上を踏みしめて進んでいるのだから仕方がない。
だが、花粉の季節でなくて良かったと強く思った。

日光宇都宮道路の下をくぐると室瀬の一里塚が視界に入る。
DSC00027.JPG

江戸から28里、100キロ以上来たことになる。
まだ先は長いが、思えば遠くへ来たもんだ、と鼻歌が出る。

JR日光線の踏切を渡ると今市市街に入った感がある。
追分地蔵尊が右手に見える。
さらにその右手から日光街道が合流する。
あと少しで日光だなと思った。
だが今日の行程はここまで。
さあ次は日光だ。

今一度 旅の計画 練り直し
ラベル:おくのほそ道
この記事へのコメント
御徒紀行お疲れ様でした。
栃木県内に来てらっしゃったのですね。

地元の方の話によると、毎年杉並木では100本を超える杉が枯れており、保全が大変だそうです。

歩道の整理も含めて、是非守って欲しい景観ですね。

Posted by 東山米鈍 at 2011年01月10日 07:09
東山さん、コメントありがとう。

杉並木は、特別保護地域、保護地域と区分けがされていました。
やはり全部を保全するのはそうとうな労力なのでしょうね。
でも、やはり後世にまで残してほしいと思います。
Posted by s-crew at 2011年01月11日 00:35
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