2011年03月31日

津波の怖さを活字で知る

「ローカルバスの終点へ」 宮脇俊三 著 新書y 読了。

本を読むとき、いつ読み始め、いつ読み終わったか程度のメモは書くようになった。
そのメモを読むと、2月28日に読み始め、3月6日に読み終わっている。
当初の目論見では、3月11日にブログにアップしようと思っていた。

鉄道紀行の大家であった宮脇俊三さんのバス紀行。
二十三の路線バスの終点を訪ねている。
基準は四点。
 一、乗車時間は一時間以上。
 二、行先が有名観光地でないこと。
 三、行楽や登山シーズンのみ運転の路線は除く。
 四、私(著者)にとって未知の路線・終点であること。
こういった基準であるから、行先は山奥であったり、陸の孤島といってもいい海沿いの鄙びた集落だったり。

バス紀行が行われたのが1987年から1988年にかけて。
過疎化が進んだ現在では、行けなくなってしまったところも多い、残念だ、なんてことをアップしようと思っていた、3月11日までは。
今は岩手県宮古市の川代について書こうと考えを変えた。
宮古市で推測できると思うが、川代は海に面した集落で、このバス紀行では川代以外にも海に面した集落をいくつか訪れている。
その訪問で伝わってくるのが津波の恐ろしさだ。

重茂集落では、漁協など公共施設が揃っている場所は標高80メートルの高みにある。
昭和8年の大津波で、海のそばの施設が流失し、現在の場所に移ったという。
また姉吉という集落では、こんな碑があると書かれている。
「高き住居は児孫の和楽
 想へ惨禍の大津波
 此処より下に家を建てるな」
今回の震災で大きな被害があったのではないかと心を痛める一方で、こういった碑があるということは津波から立ち直った証でもあるのではないかと希望も持つ。
まだそれどころではない段階なのかもしれないが、少しでも早く復興することをお祈りしている。
posted by s-crew at 01:07| Comment(2) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
特に宮古の旧田老町地区はある意味フラッグシップであったギネス級の堤防を破壊されてしまいましたからね。
2年前に見たときはこんなこと想像できなかった。

今ではごちゃごちゃ言われていますが、64年のチリ地震津波では人的被害をほぼ出さずに済んだわけで、あの堤防自体が悪いわけではないんですよ。
昨年のチリ津波の時の油断もあったのかもしれません、あの時殆どの住民が警報解除前に帰宅してしまっていましたから…


エントリ違いですが実物のナイアガラに近いところからコメ(笑
Posted by ザンギュラ@NY at 2011年04月02日 10:11
ザンギュラさん、遠く海外からのコメントありがとうございます。私のブログもインターナショナルになったもんだ(って、ちょっと違うか)。

さすがに今回の津波は天災だと思います。私の実家も東海大地震があったら、相当やばいところにあるんで、恐怖感があります。

話替わって、ぜひナイアガラに行っていただきたい。そのココロは「ゴー!ゴー!ナイアガラ」。
Posted by s-crew at 2011年04月03日 00:22
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佐伯市 和楽
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