今回は昨年の夏以来の東海道御徒紀行を行うことにした。
始点は四日市で決まっているのだが、今回の終点は決めていなかった。
庄野の宿で止めておくか、ちょっと無理して亀山まで行くか、それはそのときの状況次第と思っていた。
ただ天気予報で午後から雪!となっていたので、亀山まで行くのは難しいだろうとは思っていた。
近鉄四日市の駅に降り立つ。
この前はお盆休みの時期に来て、あまりの暑さに歩くのを中止した。
今日は寒いものの、当然熱中症の心配はなく、再スタートをきった。
と、街道を歩き始める前にまず四日市の諏訪神社にお参りし、健康ともう一つあることとをお祈りした。
もう一つが何かはヒ・ミ・ツ、ムフ。
とても後厄を終えようとする男の文章とは思えないな。
四日市諏訪神社
三重県内に入って感じることだが、東海道の案内がしっかり出ているところが多い。
ここ四日市でもそう。
私の推測だが、東海道線や新幹線の影響が強く、本来の東海道が三重県を通っていることを知らない人が意外と多いので、東海道が通っている三重県をアピールしたいがため、県をあげて運動をしたのではないか。
違っていたらごめんなさい。
四日市の市街地を抜けると程なく日永神社の前へ。
先ほどエスパルスのことをお祈りするのを忘れていたので、こちらの神社で、一日でも永くエスパルスが強くあり続けますようにとお祈りする。
旧東海道と国道一号線と合流する地点が日永の追分。
東海道と伊勢街道の分岐点だったところだ。
羊羹は売ってなかったが、饅頭が近くの和菓子屋で売っていたのにちょっと笑う。
近鉄内部線の線路を越え、内部川も渡ると杖衝坂の難所が待ち構えていた。
私の不注意から道を間違え、体力をかなり消耗したこともこの坂の印象を過酷なものにした。
日本武尊が剣を杖の代わりにしてやっと歩ききったという故事に由来する地名だが、その由来もわかるような気がした。
杖衝坂を越え鈴鹿市にはいると、すぐ石薬師の宿場だ。
ラベル:東海道 徒歩紀行
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