2011年07月15日

静かに着実に伝わる傑作

「音もなく少女は」 ボストン・テラン著 田口俊樹 訳 文春文庫 読了。

6月13日から読み始め、6月20日に読み終える。

傑作だ。
ミステリというのにはちょっと無理がある。
犯罪小説とも言いがたい。
それでもエンターテインメントとして読んで面白かったと文句なく言える。

ニューヨークの治安の悪い地区ブロンクス、この地区に暮らす耳の聞こえない少女イヴ・レオーネをヒロインの物語。
暴力を振るう父、虐げられても抵抗しない母。
そんな環境でも成長していくイヴ。

小道具と言っていいのか、イヴがカメラに興味を持つ場面が出てくる。
自己表現するのが難しい少女が、写真という言ってみれば武器を手に入れる。
うまいなあと思いながら読み進めた。

内容をほとんど忘れてしまったわけではない。
ただ思い出されるのは、面白いとか傑作とか陳腐に聞こえる言葉ばかり。
そこで私の言葉ではなく、腰巻にある推薦の言葉や解説者の言葉を引用したい。
まずは作家江國香織の推薦の言葉。
『読み始めてすぐに時間を忘れます。
 思うさまひきこまれ、読み終ると陰影の深い余韻が残ります。
 そして、感情が鍛えられます。』

続いて文芸評論家・北上次郎による解説から。
『本書は、男の力を借りずに私たちは生きていく、と宣言する女性たちの物語である。(略)
 いい小説だ。胸に残る小説だ。』

これらの文で、いかに傑作であるかがわかってもらえればと思う。
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2011年07月13日

今年2冊目の羽生善治本

「40歳からの適応力」 羽生善治 著 扶桑社新書 読了。

6月8日に読み始め、6月14日に読み終わっている。
しばらくは、ひと月前に読み終えた本の紹介が続きそうだ。

まず本の内容とは関係ないところから話を始めたい。
『はじめに』を読んでいる最中から気になっていた。
本文でも変わらなかった。
この本では、ほとんど一つの文章ごとに改行されている。
これってページ数を稼ぐためにやっていることのように思えて、私は好きではない。
著者の希望でこうなったのではなく、編集者あるいは出版社の意向と思われる。
最初にも書いたが、書かれている内容とは関係ないところで、最初からがっかりしてしまった。

それでは内容がどうかというと、悪くはないけど薄味かなと思った。
それは、先日「大局観」を読んだばかりということと関係があるだろう。
著述業でない人が、いくら経験を積んだ将棋の(前)名人とはいえ、短期間で2冊本を出したら、内容の重複は避けられないだろう。
この本を出さずに、その分「大局観」一本に絞っていれば、「大局観」はもっと面白い本になっていたのではないかと思った。

それでも、交友関係の広さや知識の豊富さが本に織り込まれていて、さすがは名人、経験値が常人とは違うと思わされた。
また、耳が痛いというか熟読して参考にしなければと思った項目もいくつかある。
一番印象に残っているのは『2章「不調の時期」をどう乗り越えるか』の中の●“整理整頓”の大いなる効用 のところ。
整理整頓のためには、捨てることから始めなければ。

「決断力」「大局観」と来て「適応力」。
5年に1冊くらいのペースで羽生の○○力といった新刊が読みたいなと思った。
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2011年07月08日

虚無へのカウントダウン

「マルドゥック・ヴェロシティ1 2 3」 冲方丁 著 ハヤカワ文庫 読了。

5月28日に読み始め、6月13日に読み終わった。
全3巻あわせると、1000ページを越す大作。

発表は後だが、先に刊行された「マルドゥック・スクランブル」の前日譚。
シリーズは3部作とのことだが、やはり「スクランブル」が中心にあるという位置づけと思われる。
というのは、「ヴェロシティ」はPrologue100から始まり、Epilogue0で終わっている。
章ナンバーがカウントダウンされていて、このまま「スクランブル」へと繋がるのだ。

どういった内容かといえば、著者によるあとがきから引用すると『特殊な力を持った集団同士が戦い合う娯楽活劇』となる。
山田風太郎の忍者もののSF版といえようか。
私はあまり風太郎体験がないので、「伊賀の影丸」に代表される横山光輝の忍者ものマンガを連想した。

「伊賀の影丸」で言えば、影丸に当たる主人公が、「ターミネーター」みたいな外見のディムズデイル=ボイルドと、良心の塊のネズミであるウフコック=ペンティーノのコンビ。
ボイルドは周囲を自分の都合のいい重力状態に出来るという能力を持ち、ウフコックはどんな兵器にも変身できるという能力を持つ。
しかし、物語の終盤、ボイルドの大いなる虚無感ゆえ、このコンビが解消されることになる。
そして「マルドゥック・スクランブル」へと続いていく。

こうなってくると、シリーズ3作目にして完結編(のはず)の刊行が待たれるところ。
おそらく完結編も全3冊の大作と予想する。
このシリーズを読むときには、十分体力をつけて読書に臨みたい。
読むほうにそれだけのパワーが要求されるシリーズだと思う。
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2011年07月02日

鉄学者は今日もホームで

「鉄道ひとつばなし3」 原武史 著 講談社現代新書 読了。

5月30日から読み始め、6月7日に読み終わっている。

4年に1度のお楽しみといえば、一般的にはワールドカップだったりオリンピックだったりするのだろう。
だが読み鉄なら、「鉄道ひとつばなし」が読めることと答えるかもしれない。
「鉄道ひとつばなし」が刊行されたのは2003年、「2」が2007年、そして今年「3」が刊行された。

以前にも書いたが、このシリーズはもともと講談社のPR誌『本』に毎月連載されているものを加筆修正し、テーマごとに構成しなおしたもの。
連載はすでに15年に及んでいる。
よくもまあネタは尽きないものだと思うかもしれないが、そこは蛇の道は蛇というか、鉄の道は鉄道というか、本人も自ら鉄学者と自称するようになった鉄道好き、過去の思い出であったり、新しくできた施設に足を運んだりして、これならまだまだネタは尽きそうも無いと思わせる。
ちなみに著者は日本の政治思想史が専門の大学教授が本業。
鉄学者という自称はそこから来ているはず。

全部で9章からなるが、今回一番印象に残っているのは第5章の『文化としての鉄道』の章。
その中でも特に「鉄道博物館を見学して」の項の『何だかバカにされているみたいだな。』というつぶやきが、強く胸に残っている。

第4章「鉄道から読む・鉄道で遊ぶ」も著者らしさがよく出ている。
「駅名が人名になる」では東葉高速鉄道の飯山満駅が出てくる。
飯山満と書いてはさまと読む。
いいやまみつるで変換したら一発で変換されたが、はさまで変換したら迫が最初だった。
ここで私が連想するのは、埼玉高速鉄道の戸塚安行駅だ。
この字を書いて、とつかやすゆきさんていそうだなと、この鉄道に乗るたびに思っていた。

硬軟織り交ぜ、鉄道の過去現在未来を自在に語る。
「4」の刊行は、やはり4年後だろうか。
だとしたら、待ちきれないなと思う。
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2011年07月01日

まずメモ書きから始めた

「仕事をためこまない人になる5つの習慣」 佐々木正悟 著 青春出版社 読了。

メモを見ると5月23日に読み始め、5月29日に読み終わっている。
ひと月以上ためている…

ブログに書くことに限らず、自分のことを、いろんなことをすぐためこんでしまう性格だと思っている。
もちろん仕事もすぐためこむ。
この本を読んで、ただいま改善中だ。

5つの習慣は各章の題名になっているので、そのまま列記してみる。
 第1章 面白いように仕事が流れはじめる脳と心の習慣
 第2章 心と自由に余裕を生む書類整理の習慣
 第3章 残業がなくなる「やることリスト」の習慣
 第4章 受信トレイがゼロになるメール整理の習慣
 第5章 経験が“宝”に変わるメモの習慣
第1章で全体に通じる心構えについて説明し、それ以降の章が、第1章を受けての仕事術を説明しているという構成になっている。

最後の章だからだろうか、第5章からはかなり影響を受けて実行していると思っている。
以前“伝説のノート”の本でブログを書いたことがあった。
そのとき以来、ほぼ毎日メモを書くようになった。
ちなみに6月30日で138日経過していた。
ある本をいつ読み始めていつ読み終えたかはそのノートを見て書いている。
ブログは別にしても、メモ書きを習慣としたことで、意識の変化もちょっと前から見られるようになったのではないかと思っている。
ただ、メモは読み返してこそ意味があるので、きれいな字で書くべしとある。
この点を守れていないのが残念なところ。

仕事も、ブログに書くことも、ためこまないようにしようと強く思ったのでした。
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2011年06月28日

この素晴らしき探偵小説

「暗く聖なる夜」 マイクル・コナリー著 古沢嘉通 訳 講談社文庫 読了。

メモを見ると、5月20日に読み始め、5月28日に読み終わっている。
もう読み終わってひと月も経っているではないか、ああ。

ロサンジェルスを舞台にしたハリー・ボッシュシリーズも、この作品で9作目となる。
シリーズの中の位置づけとして、この作品は今までで最大の変化を見せたものといえるのではないか。
変化は大きくいって2点。
まず、主人公ボッシュがこの作品から私立探偵となったこと。
前作「シティ・オブ・ボーンズ」のラストは衝撃だった。
刑事が天職だと思っていたのに、自らの意思でその職を辞してしまったボッシュ。
私立探偵となって捜査にあたるボッシュはどこまで事件の核心に踏み込めるのか、そういった関心を持ち続けながら読み進めた。

2点目は、初めて一人称で書かれたということ。
一般的にハードボイルド小説は一人称で書かれることが多い。
逆に一人称でなければハードボイルドではないと言っていた方もいたような気がする。
だが、このシリーズは今まで三人称で書かれていた。
私立探偵になったから一人称なのか、そうなった理由はよくわからない。
ただ、一人称になったことで今まで以上に作品世界に入り込めたような気がする。

刑事時代の心残りとなっている未解決事件の捜査を始めたボッシュに、いろいろと圧力がかかるようになった。
圧力は妨害、さらに警告へ。
それでも事件解決へのヒントを半身不随となった元刑事から得たボッシュは、」さらに事件に深入りする。

この時点でシリーズ最高傑作という評判に納得した。

また、事件とは別に、小説の最後にサプライズが。
いやあ、エレノア・ウィッシュはやはりボッシュにとって運命の女(ひと)だった。
また、次のシリーズ作品をすぐに読みたくなってしまう。
このあたりの手口(という言い方があってるのかわからないが)も、著者はうまいものだなあと感心する。
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2011年06月18日

積んだ経験を武器にして

「大局観 −自分と闘って負けない心」 羽生善治 著 角川oneテーマ21 読了。

メモを見ると5月13日に読み始め、5月21日に読み終えている。

角川oneテーマ21は、勝負の世界で生きる人を執筆者とした本を何冊も出している。
将棋をはじめ、サッカー、野球さらには競馬もある。
ただ一番話題になったのは、羽生の書いた「決断力」だと思われる。
私も読んで、感銘を受けた覚えがある。

その羽生が、同じ角川oneテーマ21から新しい本を出した。
それが「大局観」。
40歳という不惑の年齢を迎えて、勝負への取り組み方に変化が見られるようになったらしい。
それが執筆に繋がったのだろう。

全部で5章からなる。
 第一章 大局観
 第二章 練習と集中力
 第三章 負けること
 第四章 運・不運の捉え方
 第五章 理論・セオリー・感情

本来なら本そのものの題名と同じくする第一章が面白く読めたという人が多そうだが、私は第四章、第五章のほうが面白く読めた。
瑣末なことだが、羽生の選ぶ一番のカリスマが弘法大使こと空海というのに驚いた。
このあたりが羽生の頭脳というか、羽生の思考というか、常人とはちょっと違うところだと思った。

また最後の最後に「信じていただけないと思うが、常に無計画、他力志向である」とあった。
名人と凡人とで同じ土俵で物事を考えては大きな間違いなのは承知だが、ちょっと救われる思いがした。

参考までに、この本を刊行した後、もう一冊羽生善治は本を刊行している。
実はそちらの本も読み終わっている。
どちらがおススメかとといわれれば文句なくこちらの「大局観」を推す。
でも一番のおススメはやっぱり「決断力」だな。
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2011年06月14日

世界観は私の想像を越え

「ディスコ探偵水曜日」 舞城王太郎 著 新潮文庫 読了。

メモを見ると5月1日に読み始めて、5月20日に読み終えている。
上中下の全3巻、総ページ数1500ページ弱の長編だが、さすがに20日間は時間を掛けすぎだ。
それだけ内容把握に悪戦苦闘していたといえる。

主人公は迷子専門のアメリカ人探偵ディスコ・ウェンズデイ。
まず主人公の住む調布で事件が起こる。
そこからさらに主人公は福井県に飛び、名探偵が次々に死んでいく事件に当たる。
この名探偵の名前がぶっ飛んでいる。
小説自体もぶっ飛んでいるが、名探偵の名前もぶっ飛んでいる。
列挙してみよう。
 美神二瑠主(みかみニルス)
 蝶空寺快楽(ちょうくうじけらく)
 蝶空寺嬉遊(ちょうくうじきゆう)
 八極幸有(はっきょくさちあり)
 鯖山二号半(さばやまにごうはん)
 垣内万々(かきうちまま)ジャンプ
 猫猫にゃんにゃんにゃん
 ルンババ12 などなど
正直に書くと、この小説に着いていくことはできませんでした。

それでも中巻の最後に、一旦解決がなされる。
この展開には驚くと同時に、納得した。
ぶっ飛んだ小説世界の中では、これはこれで論理的に整合性があると思ったからだ。

しかし、小説は下巻に続いていく。
小説世界はさらに広がりを見せ、わたしはもう着いていけなかった。
私より年配の書評家がこの小説を絶賛していたので読んでみたのだが、私は白旗をあげる結果となった。

この文庫、カバーイラストも含めて、読む人を選ぶ小説かもしれない。
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2011年06月10日

冒険は次の舞台に向かう

「日本代表の冒険 南アフリカからブラジルへ」 宇都宮徹壱 著 光文社新書 読了。

メモを見ると5月5日に読み始めて、5月12日に読み終えている。
読み終えてからこのブログで紹介するまでひと月近くが経ってしまっている。
だが偶然とは恐ろしい。
この本は2010年6月10日の項から始まっている。
狙っていたわけではないのだが、ちょうど1年前の今日だ。

日本代表とはもちろんサッカー日本代表のこと。
そして南アフリカは2010ワールドカップが行われた地。
プロローグにも書かれているように『本書は、スポーツポータルサイト「スポーツナビ」にて、大会期間中、毎日連載していた「日々是世界杯2010」を大幅に加筆・修正したもの』だ。

期間は、最初にも書いたが6月10日から始まり7月11日に終わるまでの約ひと月間。
昨年の今頃はワールドカップが始まる期待感と、日本代表は大丈夫だろうかという不安感とが入り混じったなんともいえない気持ちでいたように思う。
今振り返ってみれば、大会期間中は楽しかったという思いが残っている。

題名には「日本代表の冒険」とあるが、ベスト16の戦いが終わった6月29日を過ぎてからは日本代表以外のことがメインとなる。
また試合とは別に、生で感じる南アフリカのレポートも面白い。
このあたりはいかにも宇都宮徹壱という感じがする。
いかにもといえば、写真もおそらく著者の撮影したものだろう。
各国のサポーターの写真は、それぞれ特徴が出ていて、見ていて飽きない。

昨日のエントリーで、300ページを越える新書はあまりないというようなことを書いたが、この本も300ページを越えるものだ。
厚い本だが、読み終えるのが惜しくなる。
それは大会が終わりに近づくにつれ寂しさが増すことに似ている。

日本代表の冒険がブラジルでも見られることを、そしてその冒険を宇都宮氏がレポートしてくれることを期待して。
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キュレーターを見つけよ

「キュレーションの時代」 佐々木俊尚 著 ちくま新書 読了。

メモを見ると4月27日に読み始め、5月4日に読み終わっている。
読み終わってひと月以上経っているので、細かいところは覚えていない。
だが読んでいる最中は、これは読む価値のある本だと強く思ったのは覚えている。
著者の本は何冊も読んでいるが、この本ほど知的好奇心を刺激された本はなかった気がする。

キュレーションとは何か?
この本の扉の裏に説明がある。
〔キュレーション〕
無数の情報の海の中から、自分の価値観や世界観に基づいて情報を拾い上げ、そこに新たな意味を与え、そして多くの人と共有すること。

これだけを取り上げてもわかりにくいかもしれない。
このキュレーションを説明するために、プロローグからゆっくり丁寧に筆を進めている。
理解するために必要な用語も例を挙げて説明されている。
ビオトープ・視座・コンテキストなど。
そして論の中心とも言える第四章へ。

この章において、本の題名である「キュレーションの時代」を解説している。
ブログやSNS、ツイッターなどによって、「つながり」の情報革命が始まっている。
マスメディアからではなく、「つながり」のあるキュレーターからもたらされる情報のほうが価値がある、そういう時代に今われわれは立っている。

新書とはして珍しく、300ページ以上もある。
それだけの量を必要とした内容だと思う。
拙い紹介ではあったが、多くの人に読んでいただきたいと思う。
そしてそのことで「つながり」が生じればという思いもある。
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2011年06月04日

二十一世紀のスパイ小説

「ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ」 オレン・スタインハウアー著 村上博基 訳 ハヤカワ文庫 読了。

まず情けない勘違いを白状するところから話を始めたい。
この小説の下巻のカバーに『ジョージ・クルーニー主演映画化決定!』とあった。
主演が誰かをまったく知らず、3月に公開された映画「ツーリスト」の原作がこの小説だと思い込んでいた。
ところが映画「ツーリスト」はフランス映画のリメイクという。
頭の中に巻き起こる?マークの嵐。
調べてやっと本当のところを知る。

で小説「ツーリスト」。
“ツーリスト”とは、情報機関の非合法工作員のこと。
CIAのツーリスト、ミロ・ウィーヴァーを主人公としたスパイ小説。

正直私はあまりスパイ小説を読むのが得意ではない。
まず人間関係がややこしい。
誰が味方で誰が敵か、読む進めていくうちに、いつしか敵と味方が逆になったりして頭がこんがらがってしまうことがよくある。
実際、この小説でも同じことが起こってしまった。
それでも何とか読み終えることができた。
読み続けられた要素を二つ挙げたい。

まず主人公の、妻と娘に対する愛情。
娘は実の娘ではないにも関わらずだ。

もう一点は血。
この場合の血は、血しぶきの血ではなく、血脈の意の血。
血は水よりも濃し。
主人公と娘の関係は棚上げする。

著者のオレン・スタインハウアーの著書を読むのは初めてだが、実はすでに2冊積ん読状態になっている。
5部作の1作目と2作目にあたる。
全5作が揃ったところで一気に読もうと思っていたが、3作目以降の紹介が進まず、シリーズを読み始められないでいる。
本が売れないので紹介が進まないのかもしれない。
映画があたって著者の本の翻訳が進むことを期待している。
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2011年06月01日

日米の球界を変えた英雄

「野茂英雄」 ロバート・ホワイティング著 松井みどり 訳 PHP新書 読了。

ストレートな題名だ。
日本から飛び出して、アメリカに渡った実質的には最初のメジャーリーガー“トルネード”野茂英雄。
彼のプロ野球選手としての歩みと功績を綴っている。

著者は、野球を中心とした日米の比較文化を書かせたら右に出るものはいないロバート・ホワイティング。
格好の題材を得て、その筆の走りは滑らかそのもの。
丹念に取材を積み重ねていることが伺える。

副題は「日米の野球をどう変えたか」。
日本のプロ野球とメジャーリーグの関係は、野茂以前と野茂以後とで大きく変わった。
もし野茂の出現がなければ、イチローも松坂もずっと日本でプレーし続けていたかもしれない。
ちなみに腰巻には、『イチローは天才。松坂は怪物。ヒーローは、野茂。』とある。

日本からアメリカへの流れを作っただけではない。
野茂はメジャーリーグの人気回復にも大きく貢献している。
その意味でもヒーローの呼び名はけして大げさなものではない。

ヒーローの名に値する事柄をもう一つ。
メジャー一打者にやさしい球場といわれるクアーズフィールドで、1996年9月17日ノーヒットノーランを達成した。
この球場でノーヒットノーランを達成した投手は、後にも先にも野茂一人だそうだ。

同じ海外への移籍の先駆者という意味で中田英をふと連想した。
だが決定的な違いがあることに気づく。
中田はまだできるのに引退してしまった。
一方野茂は、ボロボロになるまで投げ続けた。
それだけ野球が、投げることが好きだったんだなと思う。

野茂はなぜ記憶に残るのか、腑に落ちる一冊だった。
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2011年05月31日

木曽山中での事件である

「女王国の城」 有栖川有栖 著 創元推理文庫 読了。

英都大学推理小説研究会の部長江神二郎を名探偵役としたシリーズの4作目。
3作目の単行本刊行が1992年、そしてこの4作目が2007年と、15年もの間隔があいている。
こんなにあくと、シリーズを続けるのを止めてしまおうと思わないのだろうかと変な心配をしてしまう。
どうでもいい話だが、この本を読み終わってから一月以上経っている。
私はブログにアップするのを止めようかとちょっと思った。

今回の作品の舞台は木曽山中の架空の村、神倉。
ここは人類協会なる新興の宗教団体の本部がある。
その団体の代表はまだ若い女性。
それでその団体の敷地は、女王国の城と称されたわけだ。

その城の中で拳銃による殺人事件が起こった。
読んでいて、一向に解決の手がかりになりそうなことが増えないと思っていた。
ところがそうではなかった。
論理的に考えれば、少ない手がかりだが解決に至る道筋は確実にあった。
江神二郎の推理が披露されたとき、なるほどなあと舌を巻いた。

だが、犯人像に納得しきれない点がある。
その点が不満。

また、途中でドタバタ喜劇のような場面が続く。
ちょっと冗長だなあと思っていたら、この場面にもしっかりと意味があった。

文庫本の後書きで、著者本人がシリーズは5作で終わりと語っている。
次の作品がシリーズ最後の作品となるわけだ。
どんなフィナーレが待っているのか、また次の作品まで何年待たされるのか。
後書きを読む限りでは、下手するとまた15年くらい待つこともあるかもしれない。
ここまで来たら、最終話も読んでみたい。
ただ待つことにする。
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2011年05月26日

サッカー専門紙、誕生す

『「最後」の新聞 サッカー専門紙「エル・ゴラッソ」の成功』 山田泰 著 ワニブックス【PLUS】新書 読了。

水曜日、いつものように朝の通勤電車の中、私は「エルゴラ」を読んでいた。
「エルゴラ」とは、ご存知の方ばかりだとは思うが、日本で唯一のサッカー専門紙「エル・ゴラッソ」の通称だ。
もともと「ゴラッソ」という仮称だったのだが、デザイナーが勝手に「EL」を接頭語としてつけてしまったところ、これはいいという話になり「エル・ゴラッソ」になったという。

著者は「エルゴラ」創刊時からの代表取締役。
「エルゴラ」を作ろうとする前は、「ルモンド・ド・トルシエ」というサイトの管理人だった時期がある。
このサイトの名前は聞いたことがある気がするが、実際に見たかどうかは記憶にない。
個人でやってたサイトなのだが、トルシエにインタビューし、それを記事にするなど、その行動力には驚かされる。

もう一つ、著者の分析力にも驚いた。
大卒当初は銀行に務めていたので、もともとそういった方面に強いのかもしれない。
「エルゴラ」を創刊するに当たって、競合するであろうメディアを、6つの尺度で特性分析している。
6つの尺度とは、専門性・速報性・価格・通勤中の暇つぶしへの適正・アイテムコレクションとしての価値・読み物度である。
専門性が売りの季刊批評誌や、速報性・価格に強みを見せるインターネットメディアというような分析を試みた上で、「エルゴラ」は読み物度はやや弱いが、通勤中の暇つぶし適度では最高のレベルをめざすという方向性を目指した。
週三回、朝の通勤時に「エルゴラ」を読んでいる私は、見事に戦略にはまっているようだ。

「最後」の新聞の「最後」には、もうこれから成功する新聞は出てこないというニュアンスがこめられている。
貴重なサクセスストーリーという読み方もあるだろう。
実際、腰巻の文句を読む限りでは、出版社は起業家やメディア関係者にアピールしたいと考えているように私には思えた。
だが私は単純に「エルゴラ」誕生のいきさつと、現在の舞台裏が覗ければと思って、読んだ。
その意味では、大はつかないものの、それなりに満足した一冊だった。
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2011年04月21日

ホットな老狙撃手は健在

「蘇えるスナイパー」 スティーヴン・ハンター著 公手成幸 訳 扶桑社ミステリー 読了。

ボブ・リー・スワガー復活。
こういったのを読みたかったんだよな。
蘇えったのは面白さそのものと言ってもいいだろう。

ベトナム戦争の英雄、伝説の狙撃手ボブ・リー・スワガーを主人公とするシリーズの第6作。
このシリーズは前期の3作と後記の3作とに分けられる。
前期の3部作はすべて傑作だった。
ガンファイト・アクションの迫力には圧倒された。

ボブの父を主人公とする3部作を挟み、後期の作品が順次発表されたが、前2作は期待を裏切るものだった。
前作のタイトル「黄昏の狙撃手」は、内容もたそがれてしまったと、読んだ後がっかりしてしまったのを覚えている。
そこでこの「蘇えるスナイパー」だ。
解説の評論家野崎六助氏は『これは、ベスト・オブ・ベストだ。シリーズの集大成というだけでなく、最高に突出している。」と絶賛している。
私自身は、初期三部作と同程度に面白かったという評価。

ストーリーは、タフでホットなベトナム戦争の英雄が、現代のアメリカを舞台に、狙撃手として活躍する物語。
相手の手には、iSniperというハイテクマシーンがある。
そのハイテクマシーンを、ボブの経験が上回れるか。

参考までに、原題は「I,Sniper」。
ハイテクマシーンのiSniperと、私すなわち狙撃手という二つの意味が掛けられている。
この原題に「蘇えるスナイパー」という邦題をつけたところに、版元の自信を感じる。
逆に言うと前作の「黄昏の狙撃手」は、自信のなさの現われだったかなとよせばいいことまで考えてしまった。

私はてっきりこの作品でシリーズ完結かと思ったが、アメリカではすでに次のシリーズ作品が出ているらしい。
このレベルの面白さを維持できるなら、シリーズをさらに読み進めたいと思う。
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2011年04月14日

センセイ方の本棚を拝見

『センセイの書斎 イラストルポ「本」のある仕事場』 内澤旬子 著 河出文庫 読了。

他人の本棚というものは気になる。
ましてやそれが作家や大学教授などの本棚であればよりいっそう見たくなる。
この『センセイの書斎』はその願望を叶えてくれる秀逸なイラストルポである。

著者の名前を初めて知ったのは「世界屠畜紀行」の著者としてだった。
解放出版社という、こういっては悪いがベストセラーとは縁がなさそうな出版社から刊行されたにもかかわらず、かなり話題になった本だった。
本屋でちょっと手に取っただけで買わないでいるが、イラストが印象に残った。

今回読んだ『センセイの書斎』でも、イラストが非常に丁寧に描かれていることが強く印象に残っている。
どの本棚に何の本が置かれているのか、どういった傾向の本でまとめられているのか、そういったことが事細かに描写されている。
著者のイラストレーターとしての資質といってしまえばそれまでなのだが、でもこれは細かい性格とかなりの本好きという二面がないとできない技だと思う。

センセイとして31人(図書館や新刊・古書店も含む)が取り上げられている。
特に印象に残ったイラストは評論家の佐高信氏の仕事部屋のもの。
「出撃基地は紙片のカオス」と題がつけられているが、まさにカオス。
足の踏み場もないとはこういった部屋を指すのだろう。
このブログを書いている私の部屋といい勝負だったりする。

もう一人あげるなら、フランス文学・哲学研究者の小林康夫氏のもの。
題は『「雑に置くこと」の美学』。
雑でもいいんだと、ちょっとホッとしたのが印象に残っている理由だ。
繰り返しになるようだが、私自身が雑な人間であり、雑という字が使われる言葉に親近感を覚えるものが多かったりする。
雑誌、雑学、おまけに実家は雑貨屋だ。

そんな雑な私ではあるが、この本は雑に読み飛ばさず、じっくりと味わうように読み進めた。
楽しめたし、少しお勉強にもなった一冊だった。
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2011年04月13日

あからさまに逃げてる?

「コンピュータvsプロ棋士」 岡嶋裕史 著 PHP新書 読了。

2年ほど前に「ボナンザVS勝負脳」という本をこのブログで取り上げている。
将棋ソフトの『ボナンザ』と渡辺竜王との対局について書かれた本だった。
この対局は非公式戦であったが、将棋ソフトの開発者にとって大きな意味を持ったものだった。

そして昨年10月、プロ棋士と将棋ソフトの公式の対局が行われた。
ただプロ棋士といっても女流棋士の清水市代元女流四冠。
この人選には、日本将棋連盟の米長邦雄会長のいろんな思惑を感じる。
ともかく清水女流王将と将棋ソフト『あから2010』の対局は始まった。
この「コンピュータvsプロ棋士」の中で、この対局についてがメインの部分を構成している。

ここで将棋ソフト『あから2010』について少し説明しておきたい。
『あから』は実績のある4つの将棋ソフトの合議によって手を決める。
4つのソフトとは『ボナンザ』のほか『激指』『YSS』『GPS将棋』である。
また名前は、10の224乗の「阿伽羅」に由来する。
「無量大数」が10の68乗なので、どんなに大きな数かが想像出来るような、想像のはるか上を行くような。
ともかく、合議制を取っているところが大きな特徴といえるだろう。

対局の結果はというと86手にて後手『あから2010』が勝利を収めた。
将棋ソフトが(女流とはいえ)プロ棋士に勝ったということで、ある意味歴史的な日になったと捉える人もいた。

本の腰巻に3人の棋士の感想が簡単に述べられている。
そのうちの二人の言を紹介すると、佐藤康光九段は「やはり人の感覚ではない」と述べているが、対局した清水女流王将は「人間に近いと感じた」と述べている。
このあたりは実際に対局した人とそうでない人で感じ方がまったく違っているようで興味深い。

米長会長が続く限り、男性棋士との公式対局はないだろうと予想する。
会長が替わったら、ぜひ男性棋士との対局をの声が増すことだろう。
一将棋ファンとして、見たいけれども、ちょっと見るのが怖い、そんな気持ちになっている。
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2011年04月11日

復調の伸二、復興を信じ

土曜日、あいにくの雨の中、東日本大震災復興支援チャリティーマッチとしてエスパルス対ジュビロの試合が行われた。
このところずっと雨が降っていない天気が続いていたのだが、この日は雨、さらに試合の終わった頃に雨が上がるという、天を恨みたくなるような状況。
アウスタに足を運んだ人も5000人台とさびしい数だった。

試合は前半1−0、後半0−1、計1−1で引き分け。
まあ、敗者のいない試合だったと考えることにしましょうか。

前半はエスパルスが押していた。
対サンガ戦は見ていないので、対横浜FC戦との比較になるが、中央の三人、すなわちシンジ・エダ・真希のコンビネーションがかなりよくなったように感じた。
シンジが下がってパスをさばいたり、エダが前に飛び出したり。
真希も豊富な運動量でアピールしていた。
個人的にはシンジがよくなっていてホッとした。
FKで強いボールが蹴れただけでも一安心と感じた。
長居での試合がいい刺激になったのではないかと勝手に想像している。
また翔が、今までと比べたらだが、まずまずの出来でやはりホッとしたというのが本音のところ。
本当は得点をあげるところまで期待しているのだが。

後半高原が退いた影響か、今度はジュビロペースになってしまう。
開始1分でジュビロFW山崎に同点ゴールを決められる。
高原の替わりに入り、2列目の左に入った俊幸だが、この日はアピールすることができなかった。
もう少しできると思ったんだが。
気合が空回りしたか。

選手交代が、高原とシンジを無理させないというものくらいで、ちょっとこの点は不満を持った。

これで公式戦再開まで、エスパルスの試合を生観戦できる機会はもうなくなった。
次は対アビスパ戦を見ることになるだろう。
前半できていたことが、90分間をとおしてできるようになっているだろうか。
オランダの地で自信を掴んできてくれることに期待したい。
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2011年04月09日

謎を解く鍵はオランダに

「写楽 閉じた国の幻」 島田荘司 著 新潮社 読了。

浮世絵の世界について語られるとき、常にといっていいほど付きまとう謎がある。
それは、写楽は誰なのか?
その謎について、ミステリ作家の立場から島田荘司が独自の論を展開したのがこの小説である。
殺人事件は出てこないが(人の死は出てくる)、ミステリの超大作といっていいだろう。
なんせハードカバーで650ページを余裕で越すヴォリュームである。

現代編と江戸編とが交互に描かれている構成になっている。
主人公は、浮世絵が専門の元学芸員の佐藤貞三。
一枚の絵に気を取られている間に大きな悲劇に見舞われる。
そして家庭崩壊。
自暴自棄になったところで登場するのが、もう一人の主役ともいえる東大の機械工学の教授片桐氏。
この片桐教授の登場のさせ方に、著者の日本論、日本人論を垣間見たような気がした。

江戸編の主役は出版プロデューサーとでもいうべき蔦屋重三郎。
CCCのTSUTAYAはこの人物にその名を由来するようだ。
彼が写楽の生みの親といってもいいだろう。

実はミステリとしては、完成度の低い作品だと思っている。
小説の前半に出てきた伏線と思われるものが、結局説明を加えられないまま終わりを迎えている。
それも一つではなくいくつもだ。
にもかかわらず、この小説は面白い、傑作だと思う。
神保町界隈で繰り広げられる主人公と片桐教授のやり取りも、知的好奇心をそそられて面白いが、なんといっても、小説世界では写楽の正体が納得のいく証拠で明かされているのがいい。

題名にも触れておきたい。
“閉じた国”というのは、鎖国時代の日本を指すのだろうが、本当は著者は現代の日本に着いても語りたかったのではないかと思う。
少なくとも、小説の最初のほうではそのことを意識させる事件がある。

また鎖国政策の中で唯一通商のあった国がオランダだ。
現代編でも江戸編でもオランダが鍵を握るということは、書いてもネタばれにはならないレベルだと思うがどうだろう。

著者による後書きによると、「閉じた国の幻II」を書きたいという希望を持っているそうだ。
おそらく、伏線の回収をはかり、小説として完成度を高めたいという意識があるのではないかと思う。
あるいは文庫化のときに加筆して決定版として出すのかもしれない。
写楽の謎ではないが、この後どうなるのか考えて尾を引いてしまう小説である。
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2011年04月06日

心の力は決して侮れない

「ライフハック心理学」 佐々木正悟 著 東洋経済新報社 読了。

約一年ぶりに心理学ジャーナリストの佐々木正悟氏の本を読んだ。
久しぶりに読んだからなのか、書かれていることがかなり心に響いた。
昨年11月刊行の本なので、もっと早く読んでおけば良かったとも思った。

サブタイトルは『心の力で快適に仕事を効率化する方法」。
だが、仕事だけでなく“ライフ”ハックとあるように、普段の生活でも十分に使える、応用の利くことが書かれている。

全部で6つの章からなる。
 第1章 無意識の力で仕事に集中する
 第2章 無意識の底からアイデアを発掘する
 第3章 無意識の力で人に好かれる
 第4章 心の力で危機を乗り切る
 第5章 心の力で悪癖を克服する
 第6章 心の力で打たれ強くなる
また各章はいくつかの節で構成されているが、各章の終わりの節は、その章のまとめとなっている。
これがありがたかった、特にブログ記事にまとめるにあたってだが。

実際に役立った節、今後意識してみようと思った節をあげてみる。
第2章第3節は『何かあったら紙に書く』。
何かあったらを、イヤなことがあったらと言い換えてもいい。
これが嘘だと思われるかもしれないが、結構効果があった。
第5章第4節では、「寄付すること」の効能が書かれている。
寄付することで心理的にも改善が見られるという。
ちょうどいい、土曜日は(財布の中身と相談して)気分良く寄付しよう。
紹介したのは二つだけだが、ほかにも興味深いテーマがいくつもある。
しばらくは手元に置いて、何かあったら関係のあるテーマの節を読み返したいと思う。
posted by s-crew at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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